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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

罪からの清(きよ)めを預言している “種(たね)なしパンのまつり” について

2021年7月31日

 

『 罪からの清(きよ)めを預言している種(たね)なしパンのまつりについて 』

 

(今回は、約3500年前に神が命じた種なしパンのまつりの由来と、そこから約1500年後にキリストがもたらしてくださった罪からの清めの関係性についてふれたいと思います)

 

まずは、いまから約3500年前の、種なしパンのまつりの由来について。これは出エジプトの際に生じたエピソードにもとづいています。

 

出エジプト・12章の17節より

『あなたたちは除酵祭(じょこうさい=パン種をいれない7日間のまつり)を守らねばならない。なぜなら、まさにこの日に(=出エジプトを実行した日に。すなわちこひつじの血を入り口にぬった次の日に)、わたし(=神)はあなたたちの部隊をエジプトの国から導き出したからである(=このときに脱出したイスラエルの民は、パンにパン種をいれるひまもなかったほどに必死に行動したということです。なお下記でふれますが、パン種には “罪” という意味があります。彼らは逃げるのに必死でしたが、神のご立場からすれば、罪をおかすひまもないほどに、罪から遠ざかって行動している彼らは、好ましい状態にあったといえるのです)。それゆえ、この日を代々にわたって守るべき不変の定めとして守らねばならない(=神の助けのもとに先祖が脱出したことを、思いかえすまつりとしなければならない)』

 

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つぎに聖書において “パン種” ということばが、“罪” をしめしていることについて。

 

・マタイによる福音書・16章の11~12節より(=以下はキリストのおことばです)

『「パン(=たべものとしてのパン)について言ったのではないことが、どうして分からないのか。ファリサイ派サドカイ派(=ともにキリストに敵対しているユダヤ教徒)の人々のパン種(=聖書にならっていないあやまった教え)に注意しなさい。」そのときようやく、弟子たちは、イエスが注意を促(うなが)されたのは、パン種(=単なるパンの材料)のことではなく、ファリサイ派サドカイ派の人々の教え(=あやまった教え)のことだと悟った(=このように “パン種” は、よくないもの、罪に属しているものをさししめしています)』

 

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そして出エジプトのときから約1500年の時を経て、キリストが十字架でながされた血が、世界中の信仰者をパン種(=罪)から清めてくださいました。

 

・コリントの信徒への手紙一・5章の6~7節より

『わずかなパン種(=罪に属しているもの)が練り粉全体を膨らませることを(=あなたがたの教会に罪をはびこらせることを)、知らないのですか。いつも新しい練り粉(=罪のない状態)のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者(=罪から清められた者)なのです。キリストが、私たちの過ぎ越しの子羊として屠(ほふ)られたからです(=神のさばきがなにごともなくすぎこしていくように、キリストが十字架での血をながしてくださったからです)』

 

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(このように神が、世界中の信仰者を罪から清めてくださるご計画は、イスラエルのまつりにも見ることができます。聖書はけっしてフィクション(=架空の物語)ではなく、この書物は、人類で最初につくられたアダムが罪をおかし、それが延々と人々にうけつがれてしまっている現状に対しての、唯一の解決方法をしめしてくれている、いわば人類の罪人を天国にまねきいれてくださるための、神からのギフト(=贈り物)であるのです。どうか一人でも多くの方が、神のご計画に対して目がひらかれ、キリストのもとに立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)