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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

神がさだめたイスラエルの7つの祭りには、神の預言としての意味合いがこめられています。ですからわたしたちにも無関係ではありません

2021年7月24日

 

『 神がさだめたイスラエルの7つの祭りには、神の預言としての意味合いがこめられています。ですからわたしたちにも無関係ではありません 』

 

(今回は、神がいまから約3500年前に命じ、そしていまもおこなわれている “イスラエルの7つのまつり”、すなわち、

1.過越(すぎこし)のまつり

2.種(たね)なしパンのまつり

3.初穂(はつほ)のまつり

4.五旬節(ごじゅんせつ)のまつり

5.ラッパのまつり

6.大贖罪(だいしょくざい)の日

7.仮庵(かりいお)のまつり

について見ていくことにします。またこれらのまつりが、どんな未来を預言しているのかについても簡単にふれることにします)

 

それでは旧約聖書レビ記23章をとおして、それぞれのまつりを見ていきます。

 

1・過越(すぎこし)のまつりについて

『第一の月(=いまでいう3~4月、春に相当)の十四日の夕暮れが主の(=神の)過越である(=この “神のすぎこし” には、本来なら神のさばきがくだるはずだったのに、そのさばきがなにごともなくすぎこしていった(=すぎさっていった)という意味があります。これはいまから約3500年前に、イスラエルの民が神の助けのもと、エジプトから脱出する際に経験したことですが、そのできごとをわすれることなく祝しているのが、このすぎこしのまつりになります)』

 

※このまつりは、出エジプトのできごとから約1500年後におこなわれた “キリストの十字架” をあらわしています(=すなわちこのまつりが預言していたことは、すでに成就しました)。これにより神のさばきが、信仰者の上を、なにごともなくすぎこしていくことになるのです。

 

2・種(たね)なしパンのまつりについて

『同じ月の十五日は(=すぎこしのまつりの翌日は)主の除酵祭(じょこうさい=パンをふくらませるパン種をいれないまつり)である。あなたたちは七日の間、酵母(こうぼ=パン種)を入れないパンを食べる(=これは出エジプトで、イスラエルの民が脱出する際に、パンにパン種をいれるひまもなかったのを思いかえすまつりになっています。なおこのパン種には、聖書的に “罪” という意味がありますが、実際に彼らはエジプトから逃げるのに必死で、その脱出劇のときには罪と無縁の状態にあったということがいえるものと思います)』

 

※このまつりは、わたしたちがキリストへの信仰によって、罪と無縁のものとなり、“罪から清められている” ことをあらわしています。このこともキリストが十字架によって、すでに実現してくださいました。

 

3・初穂(はつほ)のまつりについて

『わたし(=神)が与える土地(=これは出エジプト後にあたえられるカナンの地のことです。現在のイスラエルにあたります)に入って穀物(=大麦)を収穫したならば、あなたたちは初穂(=その年にはじめてとれたもの)を祭司(さいし=まつりの行事をおこなう人)のもとに携(たずさ)えなさい。祭司は、それを主に受け入れられるよう御前(みまえ)に差し出す。祭司は安息日の翌日に(=すぎこしのまつりのあとの日曜日に)それを差し出さねばならない(=これは神のめぐみによってあたえられた初穂を、神にささげることで感謝をあらわすまつりになっています)』

 

※このまつりは、十字架で死なれたキリストが、その死からはじめて復活した者(=眠りからさめた初穂)となったことをあらわしています。すなわち “キリストの復活” をしめしているのです。

 

4・五旬節(ごじゅんせつ=7週間後、または50日目)のまつりについて

『あなたたちはこの安息日の翌日、すなわち、初穂を携え奉納物(ほうのうぶつ)とする日(=これは初穂のまつりのことです)から数え始め、満七週間を経る。七週間を経た翌日まで、五十日を数えたならば、主に新穀(しんこく=ここでは小麦の初穂)の献げ物をささげる(=これはイスラエルの民が出エジプト後の、50数日目に、シナイ山で神の律法をあたえられたことを記念するまつりになっています)』

 

※このまつりは、キリストが復活したのち、その50日目に弟子たちに聖霊がくだった “聖霊の降臨” をあらわしています。

 

(ここまでが春のまつりです。そして夏をはさんで、以下の秋のまつりにつづきます。なお春のまつりが預言していたことは、すべて成就しました。ですが秋のまつりが預言していることはまだ成就していませんので、これから実現することになります)

 

5・ラッパのまつりについて

『第七の月(=いまでいう9月ごろ、秋に相当)の一日は安息の日として守り、角笛(つのぶえ=雄羊(おひつじ)の角をつかった笛、ラッパ)を吹き鳴らして記念し、聖なる集会の日としなさい(=これはユダヤ人がバビロン捕囚(ほしゅう=捕虜(ほりょ)として連行されること)からイスラエルにもどってきたことを記念するまつりとなっています。なおイスラエルではこのときが一年のはじまり、新年になっています)』

 

※このまつりは、神のラッパが鳴らされるとともにおとずれる “キリストの携挙(けいきょ)” をあらわしています。わたしたち信仰者は、キリストの初穂につづく者として、この携挙によって天にあげられることになるのです。

 

6・大贖罪(だいしょくざい=イスラエルの人々の苦行をとおして、イスラエル全体の罪をあがなう)の日について

『第七の月の十日は贖罪日(しょくざいび=罪のつぐないをする日)である。聖なる集会を開きなさい。あなたたちは苦行(=悔い改めて断食)をし、燃やして主にささげる献げ物を携えなさい。この日にはいかなる仕事もしてはならない。この日は贖罪日であり、あなたたちの神、主の御前においてあなたたちのために罪の贖(あがな)いの儀式を行う日である。この日に苦行をしない者(=悔い改めずに断食をしない者。罪のゆるしを神に求めない者)は皆、民の中から断たれる(=この日はお祝いのまつりではなく、神にゆるしを求める厳粛(げんしゅく)な日となっています)』

 

※この贖罪日は、世のおわりへと向かう7年間の “艱難時代” をあらわしています。この苦しみをイスラエルの人々が経験し、キリストがメシア(=救い主)であると悟ったときに、キリストが再臨してくださるのです。

 

7・仮庵(かりいお=仮小屋)のまつりについて

『第七の月の十五日から主のために七日間の仮庵祭が始まる(=仮小屋に住んで、かつて神がイスラエルの民をエジプトから導きだし、その旅路(たびじ)において、彼らを仮小屋に住まわせたことを思いかえすまつりになっています)』

 

※このまつりは、キリストが再臨されたあとの “千年王国” をあらわしています。わたしたちは、永遠の天と地に入れられる前に、この前段階としての千年間の王国で過ごすことになるのです。

 

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(上記のようにイスラエルの7つのまつりには、神のご計画がかくされているのです。すでに春のまつりにこめられていたものは、キリストの初臨(しょりん=約2000年前に地上におりてくださったこと)によって成就しました。これから秋のまつりにこめられている、キリストの携挙と再臨に関する預言が、実現していくことになります。それでは一人でも多くの方が、神のご計画に対して目がひらかれ、キリストのもとへと立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)