聖書からの素敵な言葉を

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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

悔いあらため、とは罪を神にあやまることではありません。神に向きなおり立ちかえることです

2021年7月1日

 

『 悔いあらため、とは罪を神にあやまることではありません。神に向きなおり立ちかえることです 』

 

(今回は、悔いあらためについてふれたいと思います)

 

・マタイによる福音書・4章の17節より

『そのときから(=ナザレを離れ、カファルナウムに住まわれたときから)、イエスは、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた』

 

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(悔いあらためと聞くと、罪を悔やんで反省したり、神に罪をあやまったりすることのように思うかもしれませんが、本来の意味は、罪から離れて、神に立ちかえることをあらわしています。人は、神を愛し、また隣人を愛し、そのことのためになにかをしようとするときには、罪をおかすことがありません。しかしこうした神の教えから離れ、神にむかっていた意識が方向転換してしまうと、もともとアダムからうけついでいる罪をおかす性質が、顔をだしてしまうことになります。ですからそうして罪をおかしてしまった際には悔いあらためることで、神にそっぽをむいていた状態から、神に向きなおる必要があるのです。ある意味クリスチャンは、罪をおかしてはその罪を神に告白し、何度も神のほうに向きなおって、そこにとどまりつづけようとする人たちのことなのです。それでは一人でも多くの方が、キリストの福音を信じて神に立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)