聖書からの素敵な言葉を

聖書からの素敵な言葉を(ブログ)

聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

わたしたちはだれもが罪人です。これを受けいれることなしに天国に入ることはできません

2021年6月27日

 

『 わたしたちはだれもが罪人です。これを受けいれることなしに天国に入ることはできません 』

 

(今回は、キリストからのいましめをいくつかとりあげたいと思います)

 

・マタイによる福音書・5章の22節より

『しかし、わたしは言っておく。兄弟に腹を立てる者はだれでも裁きを受ける(=さばきをうけるとは、神の目には罪として映っているということです)。兄弟に『ばか』と言う者は、最高法院に引き渡され(=神がさばきをくだす場に立たされることになり)、『愚か者』と言う者は、火の地獄に投げ込まれる』

 

・マタイによる福音書・5章の27~28節より

『あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな(かんいん=性に関わる不道徳をおこなうな)』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既(すで)に心の中でその女を犯したのである(=このようにこころの中で思っただけでも、神の目には罪とみなされるのです)』

 

・マルコによる福音書・7章の20~23節より

『人から出て来るものこそ、人を汚(けが)す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲(どんよく=欲が深いこと)、悪意、詐欺(さぎ)、好色(こうしょく=男女間の情事)、ねたみ、悪口(あっこう)、傲慢(ごうまん=おごりたかぶって人を見下すこと)、無分別(=わきまえがないこと)など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである』

 

・ガラテヤの信徒への手紙・5章の19~21節より(=以下は使徒パウロのことばです)

『肉の業(わざ)は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ(=自分と他人をくらべ、人のすぐれたところを羨(うらや)み、憎く思うこと)、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴(しゅえん)、その他このたぐいのものです』

 

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(神は完全に清いお方ですので、どんなにささいな罪も見逃されません。わたしたち人間は、神の目にはだれもが罪人であるのです。どうかこのことを知り、キリストがわたしたちのかわりに十字架で血をながされたことを、信じることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)