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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

聖書の預言である “ヨハネの黙示録” を読む人は幸(さいわ)いです。時がせまっているからです

2021年6月17日

 

『 聖書の預言である “ヨハネの黙示録” を読む人は幸(さいわ)いです。時がせまっているからです 』

 

(今回は、ヨハネの黙示録の挿入箇所についてまとめてみたいと思います。基本的に黙示録は、これからおこるできごとが時系列順に預言されているのですが、途中4か所に挿入句があって、これが混乱をまねきやすいのです。そこで説明をくわえながら整理してみることにします)

 

(その前にまず、黙示録を読むことの幸いについて)

ヨハネによる黙示録・1章3節より

『この預言の言葉を(=このヨハネの黙示録を)朗読する人と、これを聞いて、中に記されたことを守る人たちとは幸いである。時が迫っているからである(=このように世のおわりにふれている黙示録は、読むだけでも意義のあることなのです)』

 

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(それでは以下が4か所の挿入句になりますが、基本的に黙示録は、7つの封印のさばき、7つのラッパのさばき、7つの鉢(はち)のさばき、という時系列順で話が展開されていきます。これらの最後のしめくくりが、キリストの再臨であるのです。なお挿入句の目的としては、よりくわしくのべたり、同時進行している事がらにふれたり、予備知識をあたえたり、といったことがあげられます)

 

(それでは1つ目の挿入箇所)

・7章のすべて (=ここでは艱難期(7年)の前半にたてられる144000人の伝道者についてと、その伝道によって信仰をもち、その結果として殉教する(じゅんきょう=信仰のために殺される)者たちがある、ということが語られています)

 

(2つ目の挿入箇所)

・10~11章13節まで (=ここでは第六のラッパのさばきと第七のラッパのあいだに、使徒ヨハネと天使のやりとりがはさまれています。その内容としては、雷のことばの存在についてと、ヨハネが巻物をたべてしまうことについてが語られています。そして11章では、艱難期の前半に、エルサレムで伝道する二人の預言者(=神からの使者)がたてられ、艱難期の中間に殺されてしまうことがつづられています)

 

(3つ目の挿入箇所)

・12~14章のすべて (=ここでは艱難期の中間に、イスラエル(=女)が、サタンから避難するはめになることを、かつてこのイスラエルからキリストが誕生した事実をまじえながら語っています。また艱難期の中間に、サタンがミカエルに敗北し、地上におとされることがつづられています。また艱難期の後半に向けて、反キリストが猛威をふるうことや、偽預言者の登場、そして六百六十六の刻印の実行などが記されています。そして14章ではキリストの再臨を先取りし、艱難期の中間において大バビロン(=神への反逆を象徴する町)が崩壊することについてふれ、艱難期の中間以降にも、神を信じる者と、神にそむく者がいること、またそのいきつく結末として(=キリストの再臨によって)、救いのかり取りと、さばきのかり取りとがおこなわれることが示されています)

 

(4つ目の挿入箇所)

・17~19章10節まで (=ここでは艱難期の中間における大淫婦(だいいんぷ=まことの神を信じているふりをしながら、偶像をおがんでいる者のリーダー。この人物が、世界統一宗教のトップです)の死(=協力関係にあった反キリストに殺されます)と、その大淫婦がおさめていた大バビロンの崩壊とが語られています。そして19章からは、このさばきをおこなった神への礼拝と、キリストの再臨に向けた喜びがつづられています)

 

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(聖書は、神の霊をうけて書かれているので、聖書の預言ははずれることがありません。実際に黙示録を読めばわかることですが、これは未来を知ることのできない人間にあっては、書けないものなのです。また信仰に厚く、キリストにあって誠実に生きていたヨハネが、わたしたちをあざむくために、でたらめな嘘の預言を書きのこしたということも、ありえないのです。聖書の預言がいかに成就してきているかは、これまでの歴史が証明していますし、またキリストに仕えた使徒たちの誠実さ(=わざわざ嘘を書きのこすような人物でないこと)は、聖書を読んでいる人には、それこそ聖書をとおして身をもって知りえていることなのです(=実際キリストの12人の弟子からも殉教者がでています。人は嘘のために自分の命をささげることはありません)。どうか一人でも多くの方が、黙示録を読んで、それがキリストへの信仰につながっていきますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)