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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

マタイによる福音書のむずかしい例え:その九

2021年7月4日

 

『 マタイによる福音書のむずかしい例え:その九 』

 

(今回も、マタイによる福音書にある、キリストが語られたむずかしい例えについて、ふれてみたいと思います)

 

・マタイによる福音書・24章の21~31節より(=以下はキリストのおことばです)

『そのときには(=7年の艱難期の後半には)、世界の初めから今までなく、今後も決してないほどの大きな苦難が来るからである。神がその期間を縮めてくださらなければ、だれ一人救われない。しかし、神は選ばれた人たち(=信仰をもったユダヤ人、またこれからもつことになるユダヤ人)のために、その期間を縮めてくださるであろう。そのとき、『見よ、ここにメシア(=救い主、キリスト)がいる』『いや、ここだ』と言う者がいても、信じてはならない。偽メシアや偽預言者が現れて、大きなしるしや不思議な業(わざ)を行い、できれば、選ばれた人たちをも惑わそうとするからである。あなたがたには前もって言っておく。だから、人が『見よ、メシアは荒れ野にいる』と言っても、行ってはならない。また、『見よ、奥の部屋にいる』と言っても、信じてはならない。稲妻が東から西へひらめき渡るように、人の子(=まことのキリスト)も来るからである(=だれの目にもはっきりとわかるかたちで、キリストは再臨されます)。死体のある所には(=そしてその再臨によってほろぼされる者たちのところには)、はげ鷹(はげたか)が集まるものだ(=黙示録19:21も参考にしています)。その苦難の日々の後(=こうした苦難ののち)、たちまち、太陽は暗くなり、月は光を放たず、星は空から落ち、天体は揺り動かされる。そのとき、人の子(=キリスト)の徴(しるし)が天に現れる。そして、そのとき、地上のすべての民族は(=信仰のない者たちは)悲しみ、人の子が大いなる力と栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見る(=このようにだれの目にもあきらかなかたちで再臨されます)。人の子は、大きなラッパの音を合図にその天使たちを遣わす。天使たちは、天の果てから果てまで(=天のいたるところを含め)、彼によって選ばれた人たち(=信仰とともに艱難期を生きのびたユダヤ人、また信仰がありながら、すでに亡くなっているユダヤ人)を四方から呼び集める(=キリストの再臨の際に、信仰のあった死者は復活します。要は旧約時代のユダヤ人と、新約時代のユダヤ人とが、天使の呼びかけのもと、神の約束の地であるカナン(=イスラエルの地)にあつめられることになります。そして千年王国への準備がすすめられていくのです。なおここはマルコ13:27も参考にしています)』

 

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(上記の箇所も、わたしがむずかしく感じているところです。そこで今回、文字におこして向かいあってみました。もちろんこれが絶対だというものではありませんので、うのみにせずに、お一人お一人がキリストとのまじわりをふかめていただければと思います。それでは一人でも多くの方が、キリストのもとに立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)