聖書からの素敵な言葉を

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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

マタイによる福音書のむずかしい例え:その八

2021年5月28日

 

『 マタイによる福音書のむずかしい例え:その八 』

 

(今回も、マタイによる福音書にある、キリストが語られたむずかしい例えについて、ふれてみたいと思います)

 

・マタイによる福音書・23章の29~31節より(=以下はキリストのおことばです)

『律法学者たちとファリサイ派の人々(=信仰のあり方を見失い、表面ばかりをとりつくろう者たち)、あなたたち偽善者は不幸だ。預言者(=かつて迫害のすえに殺された神からの使者)の墓を建てたり、正しい人(=信仰があった人)の記念碑を飾ったりしているからだ(=彼らは信仰にもとめられる内面には目を向けず、こうした人目につく表側ばかりをただしく見せ、かざっていました)。そして、『もし先祖の時代に生きていても、預言者の血を流す側(=殺してしまう側)にはつかなかったであろう』などと言う。こうして、自分が預言者を殺した者たちの子孫であることを、自ら証明している(=彼らは口では、ただしそうなことを言っていましたが、実のところこうした墓や記念碑をたてることで、自分たちのただしさを見せつけているにすぎず、そこに内面の信仰はともなっていませんでした。これでは預言者を思いやっていることにはなりませんし、こうした上辺だけの墓や記念碑では、むしろ自分の先祖たちのあやまちを記念しているようなものなのです。彼らは自分が悪に属した者であるのを自ら証明していたのです。またこれらを裏づけるように、彼らは実際にキリストを殺そうとくわだてており、事実キリストの十字架刑の足がかりをつくっていくこととなりました。彼らは預言者を殺した先祖となにもかわらなかったのです)』

 

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(上記の箇所も、わたしがむずかしく感じているところです。そこで今回、文字におこして向かいあってみました。もちろんこれが絶対だというものではありませんので、うのみにせずに、お一人お一人がキリストとのまじわりをふかめていただければと思います。それでは一人でも多くの方が、キリストのもとに立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)