聖書からの素敵な言葉を

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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

マタイによる福音書のむずかしい例え:その五

2021年5月21日

 

『 マタイによる福音書のむずかしい例え:その五 』

 

(今回も、マタイによる福音書にある、キリストが語られたむずかしい例えについて、ふれてみたいと思います)

 

・マタイによる福音書・19章の28~30節より

『イエスは一同に(=弟子たちに)言われた。「はっきり言っておく。新しい世界(=キリストの再臨後の千年王国)になり、人の子(=キリスト)が栄光の座に座るとき、あなたがたも、わたしに従って来たのだから、十二の座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる(=このように神の国においても、だれかがだれかの上に立って治める、統治するという秩序(ちつじょ)のようなものがあります)。わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑(はたけ=自分が所有している物理的な財産)を捨てた者は皆、その百倍もの報(むく)いを受け(=これは実際の家族や財産に百倍恵まれるということではなく、この世にありながらも、信仰者はすでに神の家族としてみなされ、また神からの祝福や霊的な財産をさずかっているということです)、永遠の命を受け継ぐ。しかし、先にいる多くの者が(=いち早く信仰に目覚め、神に多くの奉仕をしている者が。すなわち信仰において、あたかも先頭に立っている者が)後になり(=あとにつづくかたちとなり)、後にいる多くの者が(=信仰に目覚めたのが遅く、神に少ししか奉仕していない者が。すなわち信仰において、あたかも遅れをとっている者が)先(=先頭に立つこと)になる(=このようにわたしたちは、神の国でだれもが同じ立場について、同じはたらきをまかされるわけではありません。わたしたちにあたえられる立場やはたらきは、神が生前のわたしたちをご覧になった上で、お決めになっているのです。とくに神は聖書の中で、神の国で偉(えら)くなりたい者、またいちばん上になりたい者は、子供のように自分を低くして、皆のしもべとなって仕えるようにとのべておられます。ですから信仰歴の長さや奉仕した量以上のものを、神は見ておられるということです)」』

 

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(上記の箇所も、わたしがいつもむずかしく感じているところです。そこで今回、文字におこして向かいあってみました。もちろんこれが絶対だというものではありませんので、うのみにせずに、お一人お一人がキリストとのまじわりをふかめていただければと思います。それでは一人でも多くの方が、キリストのもとに立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)

 

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<補足として>

・マルコによる福音書・9章の33~35節より

『家に着いてから、イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論し合っていたからである。イエスが座り、十二人を呼び寄せて言われた。「いちばん先になりたい者(=えらくなりたい者、先頭に立ちたい者)は、すべての人の後になり(=あとにつづく者、指示を受ける側の者となり)、すべての人に仕える者になりなさい」』

 

・マタイによる福音書・18章の1~4節より

『そのとき、弟子たちがイエスのところに来て、「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と言った。そこで、イエスは一人の子供を呼び寄せ、彼らの中に立たせて、言われた。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子供のようにならなければ、決して天の国に入ることはできない。自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ」』

 

・マタイによる福音書・20章の25~27節より

『そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕(しもべ)になりなさい」』