聖書からの素敵な言葉を

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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

マタイによる福音書のむずかしい例え:その四

2021年5月18日

 

『 マタイによる福音書のむずかしい例え:その四 』

 

(今回も、マタイによる福音書にある、キリストが語られたむずかしい例えについて、ふれてみたいと思います)

 

・マタイによる福音書・18章の15~20節より(以下はキリストのおことばです)

『兄弟が(=信仰者が)あなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人(ちょうぜいにん)と同様に見なしなさい(=これは一言に、信仰における兄弟ではない者とみなし、教会から追放しなさいということです)。はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐ(=縛(しば)る、すなわち神の教えにもとづいてゆるさない)ことは、天上でもつながれ(=ゆるされないままのこりつづけ)、あなたがたが地上で解く(とく=ほどく、すなわち神の教えにもとづいてゆるす)ことは、天上でも解かれる(=ゆるされたままのこりつづける。要するにここでの “つなぐ” と “解く” とは、信仰にあって、神の権威があらわれてくださっているがゆえの、決定になっているということです)。また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ(=信仰者のあいだでもたらされる困難や、教会の成長のさまたげの、これらの解決にかんするどんな願い事であっても。なおここでの “どんな願い事であれ” とは、もちろん罪に属している願いや、人間の欲望の満たしなどをさしているものではありません)、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである(=神の権威をもったキリストが、ともにいてくださっているということです)』

 

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(上記の箇所も、わたしがいつも立ちどまってしまうところです。そこで今回、文字におこして向かいあってみました。もちろんこれが絶対だというものではありませんので、うのみにせずに、お一人お一人がキリストとのまじわりをふかめていただければと思います。それでは一人でも多くの方が、キリストのもとに立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)