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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

マタイによる福音書のむずかしい例え:その二

2021年5月14日

 

『 マタイによる福音書のむずかしい例え:その二 』

 

(今回も、マタイによる福音書にある、キリストが語られたむずかしい例えについて、ふれてみたいと思います)

 

・マタイによる福音書・9章の1~8節より

『イエスは舟に乗って湖を渡り、自分の町に帰って来られた。すると、人々が中風(ちゅうぶ=手足にまひがあり寝たきり状態のこと)の人を床(とこ)に寝かせたまま、イエスのところへ連れて来た。イエスはその人たちの信仰を(=キリストを信じているからこそ、床ごと病人をつれてきたことを)見て、中風の人に、「子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦(ゆる)される」と言われた。ところが、律法学者の中に、「この男(=キリスト)は神を冒涜(ぼうとく)している」と思う者がいた。イエスは、彼らの考えを見抜いて言われた。「なぜ、心の中で悪いことを考えているのか。『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易(やさ)しいか(=これは神のご立場からすれば、あなたの罪は赦される、と言うほうがむずかしいものと思います。なぜならこのお言葉は、キリストの命の犠牲という、その贖(あがな)いの血によってささえられているからです。神は病気をいやすときには代償をもとめませんが、罪をゆるすときには清い血の代償をおもとめになります。ですからここでのキリストも、けっして軽いお気持ちで、あなたの罪は赦される、とは言われていないものと思います。そもそも病気の治療はひとときのものですが、罪のゆるしにともなう命は永遠です。聖なる神が、人間がおかす罪にどれほど胸を痛めておられるのかを考えれば、おのずとどちらを口にすることに、その事の重大さがこめられているのかがみえてくるものと思います。神が、あなたの罪はゆるされると言うとき、それはとてつもなく偉大なことをしてくださっているのです)。人の子が(=キリストご自身が)地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に、「起き上がって床を担(かつ)ぎ、家に帰りなさい」と言われた。その人は起き上がり、家に帰って行った。群衆はこれを見て恐ろしくなり、人間にこれほどの権威をゆだねられた神を賛美した(=このようにキリストは、罪をゆるすことのできるご自身の権威をしめすために、この場で病人をなおしてみせました。神にとっては、罪のゆるしと病気のいやしとで、たやすいほう(=キリストによる血のあがないを必要としないほう。また永遠の命ともかかわりのないほう)をおこなってみせたわけですが、人間の側からすれば十分すぎるほどに、神の権威を感じることができたということです)』

 

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(上記の箇所は、以前マルコによる福音書の2章でもふれたところですが、今回もう一度文字におこして向かいあってみました。もちろんこれが絶対だというものではありませんので、うのみにせずに、お一人お一人がキリストとのまじわりをふかめていただければと思います。それでは一人でも多くの方が、キリストのもとに立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)