聖書からの素敵な言葉を

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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

神から祝福をうけるクリスチャンの8つの特徴

2021年5月5日

 

『 神から祝福をうけるクリスチャンの8つの特徴 』

 

(今回は、山上で語られたキリストのおことばを、みていきたいと思います)

 

・マタイによる福音書・5章の1~10節より

『イエスはこの群衆(=キリストを信じていたり、興味をもったりして集まっている群衆)を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこで、イエスは口を開き、教えられた(=これより以下に、神から祝福をうける8つの特徴が語られています。1つ1つとりだしていくことにします)。

 

1.「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである(=ここでの “こころがまずしい” とは、感受性にとぼしいとか、喜怒哀楽の経験が少ないといったことではありません。これは自分には優(すぐ)れた点がなにもないのを知って、こころが飢(う)えかわいている状態のことです。こうしたまずしさに見まわれている人たちは、いわば神をつよく求めている状態にあります。いいかえるなら霊的に神とのつながりを求め、神によりたのんでいる人たちのことです)」

 

2.「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰(なぐさ)められる(=ここでの “悲しむ” とは、なにかいやなことや不幸なできごとがあって、それを悲しんでいるということではありません。これは自分が罪人であり、くわえて自分の無力さのために、自分で自分を救えない状況にあることへの悲しみのことです。また自分が罪人であるだけでなく、他人がおかした罪や、世の中にはびこっている悪に対してなどの悲しみのことです。そしてこうした罪に対して目がひらかれた人たちが、神に罪を告白し、悔いあらためへとみちびかれていくことになります)」

 

3.「柔和(にゅうわ)な人々は、幸いである、その人たちは地(=これは永遠が約束されているカナンの地のことだと思います。広い意味では、神の国のことです)を受け継ぐ(=ここでの “柔和” とは、単に物腰がやわらかいということではなく、神を信じる者として、へりくだりの中に生きている状態にあることです。こうした人たちは、この世を神が支配していて、あらゆるさばきが神の領域においておこなわれるのを知っているので、自分が他人とあらそう必要がないことを自覚しています。いわば神を信頼しているからこその柔和さであるのです)」

 

4.「義に飢え渇(かわ)く人々は、幸いである、その人たちは満たされる(=ここでの “義に飢えかわく” とは、神からあたえられる義(=正義)を、つよく求めている状態にあることです。この当時でいうなら(=まだキリストが生きておられた当時においては)、神の律法にしたがって生き、神の前にただしくあろうとしていた人たち(=ユダヤ人)のことです。しかしいまのわたしたちは律法から解放されているので、おこないではなくキリストへの信仰をとおして神の義を求めることができ、そして事実神の恵みによって義をさずかっているのです)」

 

5.「憐(あわ)れみ深い人々(=他人がおかれている苦しみや困難に敏感で、いたわりをもって手をさしのべられる人たちのことです)は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける」

 

6.「心の清い人々(=良いおこないをするにしても、それを偽善からではなく、まごころをこめておこなっている人たちのことです)は、幸いである、その人たちは神を見る」

 

7.「平和を実現する人々(=周囲の人たちを愛し、和を大切にしている人たちのことです)は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」

 

8.「義のために迫害される人々(=キリストへの信仰のゆえに、周囲からののしられたり、責(せ)められたりする人たちのことです)は、幸いである、天の国はその人たちのものである」

 

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(上記は、山上の垂訓(すいくん=教えをしめすこと)と呼ばれている箇所からの引用です。こうして文字におこしてみることで、わたし自身にもみえていなかったものが、たくさんみえてきました。それでは一人でも多くの方に、キリストの福音(=キリストからの良い知らせ)がつたわりますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)