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聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

かつて偶像や神殿でにぎわっていたペルガモン(=いまでいうトルコにあった都市)に、サタンの王座がありました

2021年4月25日

 

『 かつて偶像や神殿でにぎわっていたペルガモン(=いまでいうトルコにあった都市)に、サタンの王座がありました 』

 

(今回は、偶像にともなってもてはやされる神殿や、また神話などもサタンからでている、ということについてふれたいと思います)

 

(まず聖書の神からの教えについてふれておきます)

・コリントの信徒への手紙 一・10章の20節より

『いや、わたしが(=使徒パウロが)言おうとしているのは、偶像に献(ささ)げる供え物は、神ではなく悪霊に献げている、という点なのです。わたしは、あなたがたに悪霊の仲間になってほしくありません(=このように偶像に宿っているのは神ではなく悪霊です。これが真理なのです)』

 

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(以下は、新約聖書(=キリストが十字架にかけられ、復活し、天に昇られて以降に書かれた)にでてくる偶像に関する記述です)

使徒言行録・17章の15~16節より

パウロアテネ(=ギリシャの都市)で二人(=信仰者のシラスとテモテ)を待っている間に、この町の至るところに偶像があるのを見て憤慨(ふんがい)した(=このようにキリストが昇天された当時においても、サタンや悪霊のあざむきのもと、いたるところで偶像礼拝がおこなわれていました。そしてこの都市の中心にはパルテノン神殿と呼ばれるものがあり、そこにはアテーナーという偶像が祀(まつ)られていました。なおこのアテーナーは、ギリシャ神話にでてくる女神であり、この名にちなんでアテネという都市名がつけられていました)』

 

使徒言行録・14章の13~15節より

『町(=いまでいうトルコにあったリストラという町)の外にあったゼウス(=いつわりの神)の神殿の祭司が、家の門の所まで雄牛数頭と花輪を運んで来て、群衆と一緒になって二人に(=病人をいやしたパウロバルナバに)いけにえを献げようとした。使徒たち、すなわちバルナバパウロはこのことを聞くと、服を裂いて(=これははげしい悲しみや怒りをあらわす仕草のこと)群衆の中へ飛び込んで行き、叫んで言った。「皆さん、なぜ、こんなことをするのですか。わたしたちも、あなたがたと同じ人間にすぎません。あなたがたが、このような偶像を離れて(=ゼウスといった偽(にせ)の神から離れて)、生ける神に(=唯一の神であるキリストに)立ち帰るように、わたしたちは福音を告げ知らせているのです(=このようにパウロは、ギリシャ神話の最高の神であるゼウスを偶像と見なし、はっきりと拒(こば)んでいます)」』

 

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(キリストご自身も、かつて偶像や神殿でにぎわっていたペルガモン(=いまでいうトルコにあった都市)に対して、そこにサタンの王座があったことを述べておられます。このペルガモンには、アスクレピオス神殿をはじめ、ゼウスの大祭壇、アテナ神殿、ディオニソス神殿といったギリシャ神話にもとづく数々の神殿があり、またトラヤヌス神殿といったローマ皇帝のための神殿も建てられていて、それこそ偶像礼拝が盛んにおこなわれていました)

 

ヨハネの黙示録・2章の12~17節より

『ペルガモンにある教会の天使にこう書き送れ。『鋭い両刃(もろは)の剣を持っている方(=キリスト)が、次のように言われる。「わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある(=このようにペルガモンには、サタンの王座がありました。上記に挙げたいくつもの神殿で、偶像礼拝がおこなわれていたのです。なおサタンの王座がどれを指しているのかについては、聖書にはつづられていません。これらの神殿の集合体を指しているという見方や、単にアスクレピオス神殿や、ゼウスの大祭壇を指しているといった見方もあるようです。わたしが調べたかぎりですと、現在、ゼウスの大祭壇がドイツのベルリンに移されていて、いかにも人目につくかたちで保存されているように思います。いずれにせよこうした偶像をあがめることは、悪魔をあがめていることなのです)」』

 

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(上記にあるようにサタンや悪霊は、神殿や神話をも利用して、自分があがめられるように仕向けています。これはわたしたちの身近にある神社などもあてはまってくるものです。これらは悪魔が神になりすまし、わたしたちの目を本当の神から逸(そ)らさせて、たくみに悪魔礼拝へとみちびいているのです。どうか一人でも多くの方が、まことの神であるキリストのもとに立ちかえることができますように。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします)