聖書からの素敵な言葉を

聖書からの素敵な言葉を(ブログ)

聖書を手にされたことのない方のために、わかりやすくを心がけて、ブログを書かせていただいております。

聖書における罪から抜けだしていくために(四)

2020年4月21日

 

『 聖書における罪から抜けだしていくために(四) 』

 

(それでは「3」をみていきたいと思います)

 

3.では、「2」のような恐ろしい結末をもたらす罪を、またこうまで罪はわるいものなのだと知りながらも、どうしてわたしたちは、生活の中で罪から離れられず、罪を犯しつづけてしまうのか。

 

・ローマの信徒への手紙・5章の12節より

『このようなわけで、一人の人によって(=人類で最初の人間であるアダムによって)罪(=彼は神に禁じられていた、善悪の知識の木の実をたべてしまいました)が世に入り、罪によって死が入り込んだように(=アダムはもともと永遠の命をもって創造されていました。しかし罪を犯したことで、神によっていつかは死ぬようにされてしまったのです)、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです(=このようにそれ以降、すべての人が罪を犯してきているので、すべての人が死からのがれられないものとなりました)』

 

・コリントの信徒への手紙 一・15章の21~22節より

『死が(=永遠の命だったもののおわりが)一人の人(=アダム)によって来たのだから、死者の復活も(=永遠の命の再来も)一人の人(=キリスト)によって来るのです(=このようにアダムによって入りこんだ死に対して、キリストによって終止符をうつというのが、神のお考えであるということです)。つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです』

 

詩編51編7節より(=以下は、ダビデが書きのこしたものです)

『わたしは咎(とが=罪)のうちに産み落とされ、母がわたしを身ごもったときも、わたしは罪のうちにあったのです(=このように人間は生まれてくる前から、罪の性質をやどしているのです。これはアダムより罪を犯す性質を受け継いでしまっているということです。これをキリスト教では原罪(げんざい)といいます)』

 

・ローマの信徒への手紙・3章9~12節より

『では、どうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか。全くありません。既(すで)に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆(=すなわち世界中の人が)、罪の下(もと)にあるのです。次のように書いてあるとおりです。「正しい者はいない。一人もいない。悟る者もなく(=神のお考えを悟る者もなく)、神を探し求める者もいない。皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。善を行う者はいない。ただの一人もいない(=神の目からすれば、これが人間の姿だということです)』

 

(このように人間は、人類で最初に罪を犯したアダムの性質(=原罪)を、受け継いでしまっているのです。これによって人は、どうしても神の望まないことを考えたり、言ったり、おこなったりし、罪を犯してしまうのです。それでは次回は「4」をみていきたいと思います)